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ベルリンの紹介

ベルリンの紹介

今、ベルリンへ出張中。9月13日からの三連休は子供達と野球ができずちょっと残念だった。時間があったので、気晴らしに訪ねた市内の名所を紹介する。

東西を分割していたベルリンの壁が崩壊し、1991年に統一ドイツの新しい首都となったベルリン、18世紀にプロイセンの首都となり、さらに19世紀に入りドイツ帝国の首都になって飛躍を遂げた都市である。さらに20世紀に入ると音楽、演劇など文化面でも発信地となるが、ヒトラーの時代を迎え第二次大戦によって徹底的に破壊されてしまった。その後、東西冷戦の悲劇を乗り越えて、現在では再び世界屈指の国際都市として新しく生まれ変わっている。

それではベルリンの一部を紹介しよう。

ベルリンの街は首都でありながら、東京と違い大変落ち着いている雰囲気がある。


ベルリンのシンボルであるブランデンブルグ門、かつて南北に伸びるベルリンの壁の一部となり、東西分裂の象徴的存在でもあった。古代ギリシャのアクアポリスに通じる「前門」をモデルに1791年に完成。馬車に乗る勝利の女神の像が有名だ。


ブランデンブルグ門の先には「5月17日通り」が伸びていて、第二次大戦の戦勝記念塔へ続く。あちら側が旧西ベルリンだった場所だ。


1894年に建造された連邦議会議事堂。ドイツの政治の中枢を担っている。東西ドイツ統一後、約3年半の時間と莫大な費用により再建された。元の姿を再現するととともに、近代的なドームをあわせ持つ斬新的なデザインが素晴らしい。ドームの見学を待つ観光客が列を成している。


議事堂の前は広々とした公園。この周辺には大使館などが集まり、政治の中心地となっている。日本の霞ヶ関とはちょっと趣が異なる。


ブランデンブルグ門や議事堂の近くにはホロコースト記念碑がある。自国の行ってきたことへの反省を込めた場所なのだろうか。政治の中心地にこういった記念碑があるところに意味があるのだと思う。


あまりにも有名なベルリン壁の一部が、ポツダム広場に残されている。1961年に西ベルリンを取り囲むように突如作られた壁、数々の悲劇を乗り越えて、1989年にこの壁は崩壊し、その一年後にドイツは東西統一を果たした。朝鮮半島の分断も同様だが、戦争によって一つの国が分断されてしまうことによって引き起こされる負の影響は、とてつもなく大きい。第二次大戦後、日本にも起こっていたかもしれない事実を考えると、我々日本人にとっても今の平和を大事にしなければならなという思いを新たにさせられる場所だ。



2008.09.15 Monday 23:38 | comments(0) | - | 
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