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東陽フェニックス、恒例の初詣、DeNAベイスターズ小杉陽太投手が熱血指導

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東陽フェニックス、恒例の初詣、DeNAベイスターズ小杉陽太投手が熱血指導!

1月9日(土)、2016年の東陽フェニックスが始動した。

まずは、全員で恒例の富岡八幡宮への初詣で、1年間野球を思い切り楽しめるように、無病息災、安全祈願に加えて必勝を誓った東陽フェニックスの選手たち。お参りが終了すると、夢の島でグラウンド開きを行い、早速初練習だ。冬休みは、多くの選手が朝練に参加して体力作りに励んだため、動きも滑らか、気持ちもやる気満々だ。

すると、11時過ぎに、東陽フェニックスOBで横浜DeNAベイスターズで投手として活躍する小杉陽太さんが、高校時代にチームメートだった伊戸田和樹さんを伴って夢の島グランドを訪れてくれた。小杉陽太さんと伊戸田和樹さんは、小学校時代は東陽フェニックスと潮見パワーズと違うチームでプレーしたが(この当時の東陽フェニックスは人数も少なくメチャクチャ弱かったが、一方、潮見パワーズは多くの部員が所属する強豪チームだった)、中学生になって二人は江東ライオンズに入部、そこで数々の大会で活躍した。

その後、ともに二松学舎大付属高校に進んだ二人は、高校2年生の春のセンバツでベンチ入り、開会式直後の試合で大体大浪商と対戦し、惜しくも敗れたものの、終盤、伊戸田和樹さんは代打で登場、バックスクリーン横にホームランをぶち込んだ(甲子園の三塁側席で見ていて私も感動した)。その後も、エースと4番ファーストととしてチームの大黒柱を担った。そんな深い関係の二人が東陽フェニックスの選手たちを熱血指導、東陽フェニックスの初練習を大いに盛り上げてくれた。

素晴らしい冬晴れの下、気持ち良く初日の練習を終えた東陽フェニックス。先輩二人からも、熱いメッセージをもらって、幸先の良いスタートを切ることができた。

「必ずできる」

今年もまた、この東陽フェニックスのスローガンの下、「Players First、子供が一番」の精神で我々スタッフも選手たちと野球を楽しむとともに、「厳しさの楽しさ」、「競争と敗北から努力の必要性を知る」、「練習はウソをつかない」ということを、東陽フェニックスの活動を通じて選手たちには学んで欲しいと思っている。

頑張れ、東陽フェニックス!

2016年の東陽フェニックスの初日は、恒例の富岡八幡宮への参拝から始まる。

6年生たちも今年は中学生、さらなる飛躍を誓った。

5年生以下の選手たちも、それぞれが今年の目標達成を誓った。

さぁ、新しい年の始まりだ、気持ちも新たに頑張ろうぜ!

早速、夢の島グラウンドへ向かう選手たち。

今年も一年間お世話になる夢の島グラウンド。一時は、東京オリンピックのために
閉鎖の話もあったが、立ち消えとなって継続して使えることになった。地元の野球人に
とっては、嬉しいニュースだ。

3年生以下の選手も増えて、今年も活躍が期待される。

上級生は、早速、夢の島グラウンドでランニング、気持ち良い汗を流した。

トレーニングの後は、手投げによるゴロ捕りの基本練習、その時に、
小杉陽太さんと伊戸田和樹さんが来てくれて、即席野球教室が始まった。

「捕球から送球へ行く時には必ず胸に持って行く」、「バックハンドでは
ボールをすくい上げる感覚で」とゴロ捕りの基本を実技を交えて教えてくれた。

手投げでボールを投げて、一人一人に足運び、捕球、ステップと送球を
丁寧に指導してくれた。

子供たちから質問攻めにあう小杉陽太さん。どうしたらストライクが
取れるか、という質問には、マウンドに上がったら、細かいコントロールではなく、
バッターと勝負することが大切、との説明に選手たちは必死に耳を傾けていた。

ファーストでボールが上手く取れない、という質問には、伊戸田和樹さん(今は
江東ライオンズのコーチ)が、怖がらずにボールとにらめっこ、と身振りも
交えて説明してくれた。

バッティングも下半身、上半身の使い方を分かりやすく説明、今すぐに
効果は出ないかもしれないが、アドバイスを頭に入れて、コツコツと
努力を積み重ねて欲しい。

練習後はサインタイムで行列ができた。選手たちは、思い思いのモノ、
場所にサインをしてもらった。初日から思い出ができたはずだ。

冬の透きとおった青空の下、小杉陽太さん、伊戸田和樹さんと記念写真。

二人とも本当に立派になった。小杉陽太さんには、是非、今年も
大活躍して、DeNAベイスターズを優勝させて欲しい。今日は本当に
ありがとう、小杉ちゃん、伊戸ちゃん、今度一杯やろうね。

一日の練習を終えて、夕日を浴びながら東陽フェニックスの誓いの言葉を
叫ぶ選手たち。夢の島グランドにも、また今年一年お世話になるので、
感謝の気持ちを沢山込めて叫ぼう。

高校2年生の夏の東京都予選で、マウンドで熱闘を見せる
小杉陽太さん。この頃から、東京ナンバーワン投手の呼び声が
高かった。

小学生時代は、私もビデオに集中し、家内は応援でひたすら
叫んでいたせいか、野球の写真が少ない。右側であちらを向いて
いるのが小杉陽太さん。その当時の東陽フェニックスは、左側で
こちらを向いている私の長男と小杉さんの二人で、やたら長い守備と
やたら短い攻撃の試合を演じていたことを思い出す。

丁度良い機会なので、少し東陽フェニックスの昔を振り返ってみたいと思う。
小5の長男が東陽フェニックスに入部したのは、1996年の秋、丁度、富岡大会が
始まる頃で、その時の勧誘の文句が「人数が足りないから試合に出られる」という
ことだった。確かに、人数も少なく、練習場所もないような状態だったが、
その後、小杉陽太さんらも入部して勢いを取り戻すかと思ったが、彼らが
卒業すると、再び人数が減ってしまい、1998年春には、6年生から2年生(私の次男)まで
合わせて、たったの14人のチームになってしまった。ただし、6年生が2名だったものの、
5年生が8名、4年生が3名に2年生1名と下級生の人数は揃っていたので、5年生以下を
鍛えに鍛え、ついにその秋には江東区新人戦で優勝、念願の都大会出場を果たすことができた。
この写真は、江戸川区の臨海球場で行われた都大会の際に、プロ野球のドラフト会議を
待って、江戸川南シニアに練習に来ていた東陽フェニックスOBの松坂大輔さん(横浜高校、
西武ライオンズ、ボストンレッドソックス、ソフトバンクホークス)が応援に来てくれ、
一緒に撮影したものだ。

人数は少なかったものの、厳し練習に耐え、夢に見た優勝旗を手にする
ことができた。この頃の選手たちの数名とは、今でも年賀状などで
交流があるが、それぞれ社会人として立派に育っている。大きな優勝旗と
トロフィー、表彰状を手にして、夢の島で記念撮影した。

今も利用している特別支援学校で、優勝旗を囲んで記念撮影。やっと
取れた優勝旗、嬉しくて嬉しくて、何度も撮影した。新人戦で優勝後は、
松坂大輔さんの活躍もあって、東陽フェニックスの知名度も上がって、
部員も大きく増え現在に至っている。


 
2016.01.21 Thursday 21:29 | comments(0) | - | 
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