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2020年の東陽フェニックス、OB来訪

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2020年の東陽フェニックス、OB来訪!

 

忙しさにかまけて今年最初のブログになります。

 

もちろん2020年も東陽フェニックスは、新型コロナウィルスの感染拡大の影響はあるものの、自分たちのペースで選手みんな元気に活動しております。

 

1月4日には選手、スタッフ、父母会の皆さんと恒例の富岡八幡宮の初詣、翌日には、第6回東京ベイボーイズカップに出場して、強豪を倒して準決勝進出、昨夏全国出場を果たした中野コンバッツと激突しましたが、0−2で惜敗したものの、全員が持ち味を生かして、東陽フェニックスのシブく勝つ野球を体現してAチームは有終の美を飾ってくれました。

 

今年は1月4日(土)から始動、選手、スタッフ、父母会の皆さんと恒例の富岡八幡宮への初詣へ行き、今年一年、安全に野球を楽しめるように祈願した。

 

1月5日(日)から開幕した第6回東京ベイボーズカップでは準決勝で昨夏東京都対大会を制して全国大会に出場した中野コンバッツ(中野区)と対戦、0対2で敗れたものの、自分たちの持てる力を出し切った。やり残したことは、中学野球で再びチャレンジして欲しい。東京ベイボーズの坂本監督を記念撮影、東陽フェニックスOBの坂本監督は、帝京高校でキャッチャーとして甲子園に出場、全国制覇を果たした。

 

そして1月下旬には、新チームの最初の大会である豊洲杯が始まりましたが、前年チャンピオンの東陽フェニックスでしたが、今年は新6年生が不在のチーム、新5年生で戦い初戦はオール伊藤に力負けして一回戦敗退となりました。

 

また、ジャビットカップ深川予選でも、一回戦は勝利したものの、二回戦では越中島ブレーブスに0対11で敗れ、上級生の壁の厚さを感じることとなりました。

 

その後は、ご存じのように中国から新型コロナウイルスの感染拡大がはじまり、あっという間に日本のみならず世界を飲み込んでしまいました。そして2月29日(日)から活動が休止となった。

 

ようやく第一波の感染拡大が収まって来た6月6日(土)から、連盟より練習再開の許可が出て、まずは、密を避けるために、5年生チームとCチームを午前午後に分けて活動が始まった。

 

午前中はCチームが若洲で練習。いきなり野球を始めるのではなく、まずは体力作りからだ。さぁ、青空の下、思い切り走ろうぜ。

 

午後からは5年生チーム、ソーシャルでスタンスを取り、マスク着用で、練習後の挨拶を行う。ニューノーマルの始まりだ。

 

再開まで深川春季大会が中止になったものの、7月からは試合が解禁となり、練習試合を1試合行い、まずは、第14回ポップアスリート杯で一感染を突破すると(三回戦で船堀ダックスに2対4で敗退)、今度は、新人戦深川大会が開幕、何とか勝利して新人戦江東大会に駒を進めるも、準々決勝で東王ジュニアに0対1で敗れ、22年ぶりの新人戦都大会出場はならず、またも翌年へ持ち越された。また、8月30日(日)には第74回江東大会が始まり、二勝して三回戦まで進むが、江東ジョーズに6対9で敗れて、またも上級生チームの壁を打ち破ることはできなかった。

 

なかなか調子が上がらない5年生チームだが、思い切り屈んで、来るべき時に大ジャンプをできるよう、まずは、基礎力を養って欲しいと思う。

 

7月26日(日)は、雨上がりに大きな虹が青空にかかった。虹を駆け抜けろ!そして虹の向こうある夢に向かって走り続けよう!!

 

スタッフ、ご父母の皆さまには、いつもチームを全力でサポートしていただいている。心より感謝申し上げます。そして、これからも、よろしくお願いいたします。

 

ところで、活動再開から東陽フェニックスのOBたちの何人かが、顔を出してくれたので、その紹介をしたいと思う。

 

ますは、8月8日(土)に新婚の小林雄志郎さんが、奥さん(高校時代はソフトボールの選手)と二人でサポートに来てくれた。小林雄志郎さんは、東陽フェニックスで活躍した後、中学は江東ライオンズで主軸と務め、二松学舎大付属高校に進学、1年生からベンチ入りしながらも、3年生の時に広島カープの鈴木誠也さんにポジションを奪われたが、大学では清和大学で副キャプテンとしてチームを引っ張り、国際武道大など強豪ひしめく千葉リーグで一部リーグ昇格を成し遂げた。今は、お笑い芸人として活動しており、先日もチョイ役だが、ダウンタウンのテレビ番組に出演され、将来が期待されている。

 

フリーバッティングのピッチャーをしながら、バッティングの指導をしてくれた。彼は、私が四半世紀東陽フェニックスを見続けた中で、後から紹介する淵上聖司さんとともに5本指に入る強打者だ。また、努力を惜しまぬ男で、彼が中三の時に、夜、週に二、三回は、木場公園を一緒に走ったことが懐かしい(彼が大回り3.8キロ三周走る間に私は二周しか回れなかった)。

 

二松学舎大付属高校野球部時代の小林雄志郎さん。パンチ力のあるバッティングが特徴だった。

 

9月16日(水)には、就職の決まった淵上聖司さん(右、二南中/墨田ポニー、修徳高校野球部キャプテン、日大野球部)と斎藤さん(左、深二中/江東ライオンズ、国学院久我山高校野球部、学習院大学野球部副キャプテン)と焼肉屋で就職祝いを行った。本当に二人とも立派な青年になった。


 

2009年の写真。斎藤大地と兄の斎藤宏貴さん(深二中/江東ライオンズ、横浜高校野球部、駿河台大野球部)。兄の斎藤宏貴さんが江東ライオンズで全国優勝を果たし顔を見せてくれた時に撮影した2ショットの珍しい写真だ。

 

2009年の大会でショートを守る淵上聖司さん。中学からはシュアなバッティングと俊足を生かして外野に転向、高校時代は、オールジャパンの候補の一人に挙げらるほどの選手だった。

 

9月19日(土)には、市川龍惺さん(東陽中2年野球部)が彼自身の試合前に挨拶に来てくれた。秋季大会では、東陽中のエースとして学童時代からの地肩の強さを生かした剛速球で、江東区で優勝を飾り都大会進出、益々の活躍に期待だ。

 

2年前の第72回江東大会で、惜しくも潮見パワーズに決勝戦で敗れたものの、2年連続の準優勝を飾った時の記念写真。大会を通じて、市川龍惺さんが剛腕を唸らせていたことが印象深い。

 

翌日の9月20日(日)には、左から大貫孝成さん(二南中1年/城東ボーイズ)、土田夏輝さん(深四中1年、野球部)、本間祐さん(同じ)、江口太一朗さん(同じ)と市川龍惺さんが練習のサポートに来てくれた。

 

今年卒部した中1選手は(残念ながら卒部会は延期のまま)、5年生では富岡大会、豊洲杯、そして6年生では第56回深川春季大会、第21回送別大会と合わせて4回の優勝を果たした。都大会などの上部大会には、なぜか歯車が合わず出場はかなわなかったが、今までのどのチームよりも優勝メダルを獲得したチームだ。

 

2018年の第35回富岡大会で優勝した時の写真。本当に久しぶりに優勝だ。

 

第10回豊洲杯で優勝を飾り、優勝メダルを胸に記念撮影。

 

2019年の関団連でも優勝こそなかったが、朝日争奪機大会、東京支部秋季大会で、ともに決勝で小山ファイターズ(町田市)にやぶれたものの準優勝を飾った。

 

2019年の第56回深川春季大会で優勝、15年ぶりの優勝となった。優勝も嬉しいが、何よりも良かったことは、このチームが前年の秋季大会に続いてマナー賞を連続受賞したことだ。優勝は自分たちが頑張れば獲得できるものだが、マナー賞は周囲の方々に、戦いぶり、試合中のマナーなどを評価されて初めて得られる賞だが、子供たちには、人に評価されて本物、と伝え続けているだけに、それを実現したこのチームは、私が面倒を見て来たチームの中でも、とりわけ素晴らしいチームの一つだと思っている。

 

2019年11、12月に行われた第21回送別大会で初優勝、みんなで帽子を投げて万歳を叫んだ。元DeNAベイスターズの小杉陽太さんや私の長男の時には、親善大会だったが、翌年から深川連盟公認の大会となった。確か1回大会では準優勝、それから優勝まで長い道のりだった。

 

部員全員で初優勝を祝った時の写真。昨年の話だが、はるか昔のような気もします。

 

10月4日(日)には、秋の晴天の下、淵上聖司さんが、東陽フェニックスの現役選手を熱血指導。外野守備のイロハを伝授してくれた。

 

夕方、東東京大会で東京青山シニアを準決勝で倒して準優勝した佐俣快成さん(三砂中2年/江東シニア)が報告に来てくれた。優秀選手の表彰を受けたそうだ。これから始まる関東大会でも、自慢の俊足を飛ばして大暴れして欲しい。

 

練習後に、淵上聖司さん、佐俣海舟さんと一緒に東陽フェニックスの現役が記念撮影。君たちも先輩たちの後に続け。頑張れ、東陽フェニックス!

 

 

 

2020.10.17 Saturday 13:03 | comments(0) | - | 
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